ツナが通う中学には、風紀委員会と並んで恐れられている委員会がある。
生徒二人のみで構成されるその委員会は神出鬼没、活動内容不明。
いや、実際名さえ聞けば活動内容は簡単に想像できるほどポピュラーな委員会なのだが
生憎彼等は多くの人間が想像するまともな活動を行ってはいない。
では何故恐れられるのかといえば、何より彼らは“あの”風紀委員会の天敵だった。
。
但馬彗。
この二名で成り立つその委員会の名は。
美化員会。
そして今日この一日も、美化委員長と風紀委員長の睨み合いから始まった。
ACT1 美化委員会の日常
「ハイハイ、雲雀チャン。喧嘩ならお外でやって言うとるやろ。
ホンマ迷惑なんよ、校内でドカバキ暴れられると備品壊れるからな〜」
暢気な声で言い放つ。
寝惚けた表情に乱れた制服、寝癖頭で心底面倒臭そうに割れたガラスの破片を踏んだ。
バキリ、と砕ける。
そしてその背中を守るようにいやに背の高い黒髪短髪の男、彗が立っている。
こちらは精悍な顔を不機嫌に顰めたまま無言で事の成り行きを見守っていた。
「・・・やあ、また出てきたの。」
水を差され機嫌急下降の雲雀は、気絶した男子生徒の襟首を乱暴に離してを睨みつける。
容赦なく牙を晒したままで。
その真っ直ぐ自分に向かう雲雀の感情には面倒臭いとだけ思った。
興味も引かず、煩わしいガキ。
そういう認識しか雲雀に対して持っていない。
「これやからガキは嫌いや。後先考えんと視野も狭いし思慮も足りひん。
こない小さい学校の中で暴れて優越感浸るんが気持ちエエんか。
・・・あーもー、掃除誰がやる思うてんのコレ」
倒れたロッカーをガンと蹴った。
彗は呆れたように溜め息をついた。
「アンタが掃除したためしが無いでしょう」
「当然やん。俺が散らかしたんとちゃうもん。
何でこない可愛げない連中の尻拭いせなアカンの」
なあ?とにっこり微笑んで雲雀を見るの双眸には温かさの欠片も無い。
そのあまりにもあからさまな態度に雲雀はにゆっくりと向き直った。
雲雀にしてみてもは気に喰わない。
いくら狭い校舎の中を探しても見つからないのに、嫌なタイミングで何処からともなく現れる。
しかしどんなに喧嘩を仕掛けても飄々と躱し逃げてゆく。
雲雀のストレスは溜まるばかり。
「僕にその態度、随分勇気があるね。
・・・でも今日は逃がさないよ、美化委員」
雲雀の声と同時にと彗を囲むように風紀委員会のメンバーが現れた。
しかし退路を絶たれてもと彗に動揺の色は浮かばない。
「・・・煽るだけ煽ってこの結果ですか。どうするんです」
「どうって、聞き分けのない子にはお仕置きやろ」
一歩、雲雀に向かって踏み出す。
その動きに一瞬遅れて反応した風紀委員はに近付こうとする。歩みを止める為に。
しかしそれは彗が許さなかった。
の肩を掴もうとした男子生徒の伸ばされた腕を、彗が掴んで阻む。
底冷えするような彗の眼力に、男子生徒は数歩後退った。
「・・・無礼者、誰に触ろうとしている」
温度のない声。
それに誰よりも早く反応したのはだった。
彗を振り返らずに言葉を放つ。
「ただの男子中学生や、離し」
「・・・しかし」
「ほーうーきー」
「・・・・ハイ」
「離し」
「・・・・はい」
渋々、と彗は手を離した。
この男子生徒はこれから一週間、手形の痣をひた隠す事になる。
は気を取り直してまた一歩、と踏み出すが今度はそれを邪魔しようとする人物は居なかった。
彗の視線だけで竦みあがり動けかなったのだ。
「ほな、仕置きの時間やで・・・僕?」
「・・・・」
雲雀は小さく眉を動かし、ヒュッという空気を切る音と共に仕込みトンファーを出した。
いつの間にか集まったギャラリーが微かに悲鳴を上げる。
雲雀が武器を出すのは、それは相手が地に伏すことを意味していた。
この瞬間までは。
「甘いわ」
雲雀が驚異的な速さで繰り出した攻撃は、ゆったりと流れるように動くに。
まるで舞い落ちる枯葉を受け取るように簡単に受け止められた。
「・・・!」
雲雀は声を出さずに目を見開く。
次の瞬間雲雀の視界に移ったのは天井だった。
そしてにこやかに見下ろす、の顔。
ほんの瞬き数回の間に、雲雀は背中から床に叩きつけられていた。
「お前さんは武器に頼り過ぎや。せやから油断してこないな事になる。みっともない話やな
・・・・ほな、片付けはちゃんと自分でするんやで?」
絶対的な力の差。
それを目の当たりにして雲雀は薄く笑う。
体を起こさないままで。
「言ってくれるね」
手負いの虎のような雲雀の眼光にもは表情を崩さない。
雲雀の頭の位置にしゃがんで、雲雀の白い首にそっと手を添える。
「・・・ついでにな。俺に向かうときは素手で来るんが正解や。
武器を持つと引き際見誤る。・・・この歳で車椅子の世話になりたくはないやろ?」
鮮やかに告げて身を翻し、彗を背後に従え去ってゆくを追いかける事もなく。
雲雀は天井を見上げて心底楽しそうに笑っていた。
その一部始終を、離れた場所から小さな赤子が眺めていた事は誰も知らない。
「・・・・・ファミリーに欲しいな」