獄寺は今日も煙草をポイと校庭に捨て、靴の裏でグリグリと踏み火を消した。
それはもういつもの事で、傍に居たツナも山本も気にはしていなかったのだが。

「っだァ!?」

獄寺が絶叫して不自然な方向へ体を曲げ“なにか”を回避すると
その直後地面に何かが突き刺さった。・・・割り箸だ。
しかもそれは見事に踏み潰された吸殻に刺さり、それを地面に縫い付けているよう。

「テメエ・・・!!何しやがんだコラ!!」

すっげーなーといつもの通り暢気な山本と怯えるツナ。
獄寺は割り箸が飛んできた方向に居る人物を睨みつけた。
それは。


「それ分からんのやったら病院の世話になったほうがエエなぁ。・・・喧嘩売っとんのや、ボケ」

何度警告通知を靴箱に張っても無視しやがってクソガキが、と凄む人物。
だった。












ACT3     ブルー・ブルー













なんだとこのメガネ!と獄寺が殴りかかった所でに全く敵わないのは目に見えている。
だからツナは黙っていた。

獄寺は頭はいいが馬鹿なので手加減を知らないが、ツナの知るは大人気なくとも大人だった。
だから獄寺ももシャレにならない怪我をすることは無い。

懐からダイナマイトを取り出す獄寺の脳内は、を倒す事のみに占領されている。

おのれ憎きメガネ!!
リボーンさんに気に入られ、十代目にまで好かれるなんて羨ましい、もとい恨めしい!!

いつの間にか咥えた煙草には既に火がついており導火線に火は移った。
「果てろ!!」
喊声を上げる獄寺。

しかしは冷静に自分を取り巻く無数のダイナマイトを見て、鼻で笑う。

次の瞬間。


「なっ・・・!!」


導火線のみを切り落とされたダイナマイトが虚しく地面に落ちただけだった。
どうやって、とツナはを見て、驚いた。
手にしていたのは小さな紙切れだったのだ。

「ふん」

詰まらなさそうに空を切れば、研ぎ澄まされた音が鳴る。
そうか、とツナは思った。
この人にしてみればこれも立派な武器なんだ。

獄寺も次元が違うという事を肌で感じ、舌打ちをした。それは経験の差というもの。
目に見えない壁を打ち立てるほど壮絶な。

ざ、と砂埃を小さく起こしては獄寺の前に立った。
「謝らんかい、餓鬼」
「誰がガキだ・・・っ」
「自分の非ィ認められんからガキ言われるんや」

ドカボコバキ。

案の定簡単に素手でのされた獄寺は厚い雲に覆われた空を睨んで「ちくしょう!」と叫ぶ。
山本はアハハと笑いながら「やっぱ獄寺ってオモシレー」などと言った。

山本マジックのおかげで和やかな空気が流れる。
しかし、それも長くは続かなかった。


「さすがオレが見込んだ男だな」
「・・・・なんや、お前」

に掛けられた声は、他の面々には馴染み深い声で、特にツナは珍しく俊敏に状況を察知して顔色を変えた。
「リ、リボーン・・・!あんだけ学校には来るなって言ったのに・・・!!」
「調子に乗るんじゃねぇぞ、ツナ。なんでオレがお前の言う事を聞かなくちゃならねえんだ」
ズバッと切り捨てるリボーンの言葉にツナの顔色は青を通り越し白くなる。
なにせリボーンは前々からをファミリーの一員とせん事を狙っているのだ。

決死の覚悟でツナは一歩踏み出す。
それは些細ながらも最大の勇気。
まだ生まれていないが生まれることを夢見る友情のための。

「リ、リボーン!君はファミリーには入れないからな!!」
状況が飲み込めない山本はカラカラと笑い、空気を読めない獄寺は何故か息巻いてツナの背後に立つ。
「勿論です十代目、右腕のオレが居ればそんな奴!」
「獄寺君は黙ってて!!」
「じゅ、じゅうだいめ・・・」


リボーンとの目が同時にゆっくりとツナに移動して、ツナは数歩後退った。
の目は興味津々な、柔らかい(けれどどこか他人事を傍観しているような)目だったが、
リボーンのつぶらな瞳には完全に怒りが宿っている。

「ファミリーってのはなんや」
はツナを暫く見詰めた後、リボーンを見下ろして軽い口調で訊ねた。
「マフィアの事だ。仲間になれ」
「リボーン!!」
「ツナは黙ってろ」
ドン!!という耳を劈く音が響き、ツナの足元に穴が開いた。ビビるツナ。
から視線を外さないまま銃を向けるリボーンに、彼が今までになく“本気”なのだとここでやっと知り思考が固まる。

動きを失ったツナを目の端で確認してリボーンは銃をそのまま真っ直ぐ前へ移動させ、銃身を上げる。
狙うはの額だった。
しかしの顔色は変わらない。

「お前ほどの人間は仲間じゃねえと危険過ぎる。仲間か、死か」
「只モンやないなあ、坊。殺しを知っとる目や」
「そうだ。だから躊躇はしねえぞ」
「さよか」
は笑いながら、体中を這うようなザワザワした感覚を感じていた。
過去に嗅いだ死の匂いが甦り脳を揺する。

救いのない戦場。
屍と血の匂い。
腐敗臭。
人の肉を斬る感触と、断末魔と、刀に浮く錆びの醜い色。
そこに自分にとっての安堵があったのだとは思い知り、少しだけ絶望した。

(アカンなぁ)
は俯き片手で顔を覆ったが口元には笑みが浮かぶ。
フラッシュバック。
リボーンの濃厚な“殺人者”としての匂いがを刺激する。

平和な世界、町。
ここで生きてゆけば或いは、自分の生き方も今までとは違うものになれるかもしれないと思っていたのに。

「こない、に。本能掻き立てられるんは久々や」

ツナには、世界中の音が消えた気がした。
残ったのはの声。

「エエ声で啼き」

手を離し顔を上げるの双眸が、長い前髪からゆっくり覗く。


「・・・・・っ、リボーン!!」
ツナは反射的に叫んだ。


「そこまでです」

スローモーションのようにゆっくりリボーンに向かって伸ばされたの腕は、
気配も無く現れた逞しい腕に動きを奪われた。

「アンタは、ちょっと目を離した隙に何してんですか」
「・・・・・・・・戻ったんか」
「まったく、世話を焼かせないでください」

何かを取り戻すように、の表情が戻ってゆく。
彗は背後からそのまま優しくの体を抱き締め、視線はリボーンに落しニッコリと微笑んだ。
「あまり余計な真似はしないで戴けるか。この人にその世界はもう必要ない」
「だがその世界がこいつを必要とする。逃げられると思うのか」
「逃げる?誰に言っている」
彗は再び優雅に微笑んで、を抱き締める腕に少しだけ力を加えた。

「俺にもこの人にも似合わない言葉だ」

リボーンは暫くの間彗を睨んだが、やがて小さな溜め息を吐いて銃をしまった。







ツナは安堵に気が抜けたのか尻餅をついて、半泣きになっていた。
振り返ったリボーンはそんなツナの前まで歩み寄り珍しく手を差し出す。
そしてニットいつもの笑みを浮かべた。

「さすがだなツナ」
「え?」

滅多に無いリボーンの褒め言葉にツナが目を瞠れば、
リボーンはツナの手を無造作に取って力任せに立ち上がらせる。
そして何の感情も含まない声で告げた。

「死ぬとしたらオレだった」
「・・・・・」

色んな意味で呆然としたツナは
ゆっくりと離れた場所に移ったの背中に目を向ける。
そうだ、と思った。

(そうだ、あの瞬間、オレはリボーンが殺されると思ったんだ。)
彗と何やら話し合っているの背中は小さく、肩は薄く、項は白く。
とてもそんな風には見えないけれど。


唐突に振り返り大股で近付いたに、ツナは反射的な恐怖を感じ体を堅くした。
しかしはそんなことは気にも留めずぐるりと面々を見回して口を開く。
「誰か今日家に泊めてくれへん?」

ずっこけるツナ。
「な、なんで・・・」




「俺と彗が住んどるアパート、放火されて全焼してん」