獄寺が煙草を取り出し咥えれば、その手をが叩く。
無言で睨む獄寺の視線を無視して前を見据えたまま、は当然のように口を開いた。

「灰皿持ってへんやろ」
「モラリスト気取りか」
「阿呆。お前は地球作れるんか」
「・・・何だと?」

怪訝に思う獄寺をやはり見ずには欠伸をした。










ACT4        イタリアンレッドスカイ







「なんっで、オレなんだよ!」
「知るか。」

と獄寺は初めて二人きりで並んで歩いている。
まだ納得できていないのか大声を張り上げる獄寺を無視しては欠伸をする。

「俺を泊めるんが嫌やったんなら、最初にそう言え。今更ガタガタ抜かすな」
「じゅ、十代目の頼みを断れるわけねえだろ!」

ツナはリボーンと同じ屋根の下にを迎える事を純粋に恐怖した。
けれどだからといってお人好し属性の彼はを放っておく事もできなくて獄寺をチラリと見たのだ。
縋るような目。それは獄寺の中で瞬時に都合よく換算される。つまり、部下への信頼だと獄寺は思い込んだ。
獄寺にはそれで十分だった。

「ほな徹底せえ。底の浅さが知れるで、坊」
「ガキ扱いするなってんだろ!」
「相応や」

獄寺はぐっと言葉に詰まって拳を握った。
気に入らない、気に食わない。そんな言葉ばかりが脳を駆け巡る。
彼が尊敬するリボーンは目下に執着し、親愛なる十代目、ツナはに懐いてる。
傍目でも分かる。
だから獄寺は自分の居場所を一瞬で奪われた気がした。
願って願って只管に努力して、そうして手に入れた場所を簡単に奪われた気がしたのだ。
しかも本人は意に介してもいない。興味すらも示さない。
獄寺にしてみればそれは、自分の信念を否定されているのと同じだった。

ゆえに殊更。


「ムカつく」
「奇遇やな、俺もや」








そんな言葉を最後に剣呑な空気だけを残して無言になる二人。
西に沈む陽は橙。
二人の背後に伸びる影のその延長に、気配を殺して佇む姿が二つあった。


一人が帽子の陰に隠れた円らな瞳を光らせて言う。リボーンだ。

「どういうつもりだ?今日一日くらいホテルでも用意すれば良かったんじゃねえのか」

隣に立つ男は少しだけ無言を返して、それから口を開いた。黒髪の長身、彗である。

「いい機会ですからね。あの人は変わらないといけない。
 他人との接し方を覚えて、ついでに我慢も覚えた方が良い。
 ・・・ということはある程度丈夫な相手が必要です。精神的にも肉体的にも丈夫なのが。
 都合よく彼は適任だ。それらの条件を兼ね揃えた上で、更にさんを苛立たせる才能も持っている」

リボーンは彗も物言いに少しだけカチンとして視線を上げた。
自分の獄寺に対する行いを棚上げして口を開く。
「獄寺を道具にする気か」

彗は笑う。最初は冷たく、けれどすぐに温かく。
たった一人に全て捧げるように。

「あの人が俺が居ないことに不便と寂しさを感じてくれたらそれが一番です。
 俺とあの人だけで形成される世界にあの人が幸せを見出すなら言う事は無い。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


リボーンは小さく「そうか」と呟いてそれから心の中で、
お前がまず変わるべきじゃねえのか、と思った。


「それで?お前はどうすんだ」
「新しい部屋を見つけて、その後は。」
「後は?」

彗は微笑んだ。爽やかな笑顔は誰もに好印象を与える。
その裏にあるものを嗅ぎ取りさえしなければ。

「勿論、仕置きの時間です」


数時間後、最近巷を騒がしていた連続放火魔は
まるで死神から逃げるかのような形相で「タスケテー」と叫びながら警察に駆け込んだ。








「親の脛齧ってえらい贅沢しとるなぁ」

は獄寺が住むマンションを見上げて感心したように呟いた。
内心少しだけ傷ついた獄寺は誰にも聞こえないように舌打ちをする。

の一言一言に毒があると思うのは、結局は正しいことしか言っていないからだ。
あんまりにも正しすぎるから、後ろめたいものをたった一つの欠片でも持っていると容赦なく傷つけられる。
そして世の中には後ろめたいものを微塵も持っていない奴などほんの一握りしかいないので、
は往々にして“傷つける”人間になるのだろう。

獄寺はそこまで考えて、の横顔を見た。
結構、不憫な奴なのかもしれないと思う。思うのも癪だったが。

生き方を変えれないのは自分も同じだ。


「なんや人の顔ジロジロ見よって、気色悪い」
ゆったりと繋がった視線に獄寺は足を少しだけ後ろにずらして動揺した。
何を思ったのか顔を赤くして、を置いてずんずん歩き出す。
心の中では十代目、と、繰り返していた。

十代目、俺の心には貴方だけが存在すればいいんです。
神を崇拝するように思う。
貴方の右腕として生き、死ねれば、それ以上の幸せは無い。

獄寺の心は冷水を被ったかのように落ち着いて、そうしてやっとを振り返った。

「ボケっとしてんじゃねえ」

は寝惚け眼のまま頭を掻いて「ハイハイ」と漏らした。
厄介な子供に遭遇したものだ、と、少しだけ現実を愁いて。

「彗め」

自分は我慢を通せるか、はちょっと憂鬱になるのだった。



通された獄寺の部屋は2DK。
必要以上のものは無く、TVも無い。娯楽的なものといえばMDコンポだけだった。
脱ぎ散らかされた洋服とテーブルの上にはアクセサリーの数々。床に散乱する洋楽CDとペットボトル、空き缶。

日頃手入れの行き届いた場所で生活している(手入れをしているのは彗)は微妙に眉を顰めた。
顰めたが、手持ちの数少ない常識と良識に則り無言を貫く。
ソファーを埋め尽くす衣類を無造作に床に叩き落して座った。
さながらこの部屋の主のように。

上着を脱いでいた獄寺は一瞬唖然とし、それから怒り心頭でに歩み寄った。
「オイ!」
「あーなんや。・・・茶出んのか、茶」
「テ・メ・エ・なああああ!!泊めてやんのに何だその態度!!」
「・・・・・ごっきゅん、腹減った」
「塩でも舐めてろ!!」

今宵試されるのは、獄寺の我慢の限界でもある。