「言っとくけどな、テメエがどんなに十代目やリボーンさんに気に入られようが俺は絶対に認めねえ!」
喚く獄寺には冷たく視線を寄越したが、それだけだった。
もう切っ掛けがなんだったのかは互いに忘れていたが(けれどきっとどうでもいいような事で)
こうして言い合い始めてもう十数分が経過している。
・・・言い合いというよりも獄寺が一人で怒鳴り散らしているといった風だが。
御近所迷惑な奴やなァとが欠伸をすれば、獄寺の中で何かがブチンと盛大な音を立てて切れた。
「テメエ、ごときが・・・!十代目の御傍に相応しいはずがねえ・・・!!」
掴み掛かる獄寺に、それでもの眼は冷えたままだった。
「喧しい。心配せんでもお前みたいな狂信者はそうおらへんよ、気色悪い」
「なんだと!?」
「お前のは信頼でもなんでも無い、ただの依存や。
せやからお前は沢田綱吉のほんの少しの沈黙にも耐えられへんのやろ?」
獄寺は瞬間に顔面を青くして言葉を失った。
ツナと二人でいる時は確かにどうしようもなく沈黙が恐ろしくて、馬鹿みたいに口を動かしていたのを思い出す。
それをに指摘されるのは紛れも無い羞恥だった。悔しさも怒りも後続して湧き上がる。
けれど獄寺が何か言う前に、が言葉を重ねた。
「それよりも、腹減ったわ」
ACT5 Oh Dio mio!
獄寺は真っ赤な顔で自室に入ると乱暴に上着を投げ捨てた。
そして柔らかいベッドに拳を数発叩き込む。
(どうして俺が。どうして俺が。どうして俺が!!どうして、あんな奴の面倒を!!)
獄寺の頭の中ではその言葉ばかりがぐるぐる回っていたが、ふとした瞬間に脳は冷静さを取り戻しの言葉を思い出す。
この人間の脳の便利さが今は忌々しい。
(ただの依存や)
あの正しには優しさが無い。情も無い。
思い出すものがあまりにも鮮明すぎて、ムカつく、と、獄寺は表情を歪めた。
何年も先に思い出してもその鮮やかさは保たれているのではないかと思うほどだ。
「クソ」
こんな風に相手に心乱すのさえ獄寺にとっては我慢ならなかった。
怒りも悲しみも喜びも、感情の全てを十代目に捧げたい。
命は当然だがそのほかのあらゆる物も。
あの人の邪魔になるものは誓って潰すし、
自分が生きている限り敵と名のつくものに安らぎは与えない。
獄寺はいつの間にか無表情になって、息を吐いた。
体の中の毒のような感情を吐き出してしまえればいいのに。そんな風に考える。
(貴方を護ります。あらゆる悲しみと苦しみから)
(・・・けれど、その代わりに)
その見返りに安堵させてほしいと獄寺は密やかに願う。
自分の場所はここに在るのだと。
(十代目、強くて優しい貴方の隣に立ってもいいのだと信じさせてください)
「・・・・」
それは確かに否定しようも無く“依存”で、獄寺は急激に表情を取り戻して両手で顔を覆った。
この世界から逃げ出したい、と、衝動的に思う。
けれどやはりツナの隣以外に自分の場所が思い浮かばず、更に悲しくなる。
(頼むよ、獄寺君。)
そう自分を頼ってくれたツナの声と表情を思い出し、
獄寺は頭を掻いてリビングに引き返した。
数分後。
「おら!黙って食ってさっさと寝やがれ!!」
に対し敵対心剥き出しでありながらも、それでも十代目に任されたのだからと獄寺は食事の用意までした。
どどーん、との目の前に置かれたのは大皿に盛られたパスタである。
普段使わないキッチンで、普段から何も入ってない冷蔵庫の中身を掻き集めた結果できあがったもの。
具無しの醤油味パスタで(麺と醤油だけはあった)彗が知れば卒倒しただろう。
「さんになんてものを食べさせるんだ!!」と。
彼はの日々の食事を完璧な栄養バランスを保って管理している。
獄寺は煙草に火をつけながら「文句の1つも言いやがったら殺す」とか考えていたが、
の口から文句など出ず、それどころか料理を黙って綺麗に平らげた。
フォークを置いて、パンッ!と両手を合わせる。
「ん。ごちそうさん」
「・・・お、おう。」
先刻の事が嘘のように二人の間には穏やかな空気すら漂っている。
しかし互いにそれは“嘘”だと知っている。
その証拠に、隠れた場所には張り詰めたものがあった。
獄寺は灰皿に吸いかけの煙草を捻じ込むと立ち上がり、毛布を一枚持ってきてソファーの上に放り投げた。
「風呂とトイレは玄関近く。勝手に使え。」
「あー。音楽、聴いてもええ?」
「・・・洋楽しかねえぞ」
「何でもエエわ」
「・・・・・・・・・・・・・」
獄寺は無表情で何かを考え、手近にあった段ボール箱の中から一枚のCDを取り出してに投げて寄越した。
視線を向けないままそれをいとも簡単に受け取っては手元に目を向ける。
白いジャケットが一瞬薄暗くなった部屋の中で光った気がして獄寺は目を細めた。そして逸らす。
「なんやこれ?クラシック・・・ピアノ全集」
「それでも聴いてろ」
「高尚な趣味やなァ」
クラシックは獄寺にとって子守唄代わりに聴かされたもので、物心ついた頃からは自分の手で奏でるものになっていた。
これほど日々の生活感に溢れた音楽は無いと獄寺は思っている。
眉を顰めて「ケッ」と言い捨てた獄寺は壁に背中を預け、の横顔を眺めた。
「馬鹿にしてんのかテメエは」
「自分を卑下すんのはみっともないで」
「・・・・・・・・・・・いちいちムカツクんだよ」
はすでに獄寺に対し興味を失って、手元に視線を注いでいる。
鍵盤の写真で飾られたジャケットに指を這わせた。
獄寺とは反対に、にとってクラシックだけではなく音楽と名の付くもの全て馴染みのないものだった。
母親が口ずさむ子守歌すら耳にしていないが故に、自身鼻歌すら歌わずに生きてきた。
耳慣れているのは断末魔の叫び声や人の肉が切れる音、そして自分に向かう呪詛の声。
それらに沈黙して耳を傾けるのがこれまでのの人生。楽器に触れた事もない。
手に馴染むのは、今も、鋼の重みだ。
(ああ、潤いの無い人生やわ)
思い出して、は緩く笑う。
指先でCDケースを弄び、懐古の念を振り落とした。
「ありがとさん。ほな、これ聴いてみるわ」
真っ暗な部屋の中では音楽を奏でる機械からだけ淡い光が漏れている。
初めて耳を傾ける旋律に、は全身を委ねるように目蓋を閉じた。
無音が恋しくなる自分をほんの少しだけ悲しみながら。