夜中に目を覚ましたは、自分の体が綺麗に毛布に包まれていることに気付いた。
自分の体温で温まったそれを剥ぎ取って、ふ、と漏らしたのは染み出すような微笑み。

「・・・かなわんわァ」

獄寺が根のところで結局は優しいのだとは知っている。
“沢田綱吉”と離れた部分でさえ、ちゃんと優しさが残っている。

もし自分であったなら、と、は思い目蓋を少しだけ開けて天井を見上げながら思った。
もし自分が獄寺の立場だったらどうしただろう。

――そこまで考えて、やめる。
もしだなんて仮定は意味が無いのだ。目の前にあるのは現実でしかない。
それはもう過去に思い知っている。

願っても願っても、自分以外にはなれなかった。生まれ変われなかった。
どんなに時間が流れても、自分だけが取り残されたように無変化だった。

あらゆるものを利用する生き方しかできない。
空々しく微笑んで、騙して、夢見るのは自分のためだけの未来。

道端に落ちて蟻に食われ体の大部分を失った蝉の死骸のように何からも意識されず、
しかし自然の連鎖に組み込まれて死にゆく最期。

はもう長い歳月願い続けている。
ただそれだけを、悲しいほどに。



小さく流れる音楽は鎮魂歌。
淡い光を暗闇で放ち、流れ、何かを赦そうとしている。







ACT6    それぞれの、









「おはようさん」
「・・・・・・・・・・・・・・」

早朝。
寝室から出てきた獄寺は、目の前に広がった光景に言葉を失った。
脳が現実を受け容れきれないらしく、ただ大きく目を見開き口をパクパクと開閉するだけ。

なんと、テーブルの上に朝食が用意されているのだ。しかも、二人分。
大した材料は無かったのでなんとも簡素なものだが、それでもそれは確かに“食事”と呼べるものである。
淹れたてのコーヒーを手には微笑みもせず言葉を続けた。

「冷めるで」

少し焦げたトーストの匂いがリビングに満ちている。
獄寺は告げるべき言葉が見つからないままただ頷いて、のろのろとテーブルに近付いた。
毒でも仕込まれてるんじゃねえのか、と思ったが、すぐに考え直す。

という人物は人を殺す手段としてそんな面倒は選ばないだろう。
小さな紙切れ一枚で簡単に命を奪える実力の持ち主だ。

そこまで考えて獄寺は少なからず背中に冷たいものを感じた。
それほどまでに“危険な”人物を、ツナのお願いだとはいえ自分の家に泊めて、そのうえ自分は寝ていたのだ。
すぐ隣の部屋で、鍵も掛けずに。

「・・・・・、・・・」

食事に伸ばしかけた獄寺の手が不自然に震えて止まるのをは冷たく一瞥した。

「別にお前をどうこうする気なんかあらへんよ、怯えるなや。しかも今更」
「お、怯え・・・!?ざけんな!!」
「あーもー朝からテンション高いわァ・・・」

わざとらしく溜め息を吐いてみせるに獄寺は続けて怒鳴りかけ、止めた。
確かに朝っぱらの、しかも目覚めて数分からこの調子では、今夜あたりには過労死しそうだ。
ゆっくりとした動作でイスに腰掛けて、獄寺はできるだけ平坦な口調で言葉を紡いだ。

「・・・ヘタクソ。パン、焦げてんじゃねえかよ」
「しゃあないやん、そんなんした事なかってんもん」
「・・・・・・・・・あぁ?」
「普段は彗がやっとるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

再び獄寺は言葉を失う。今度は呆れて、だが。
脳裏で彗という名の男の姿を思い出した。

漆黒の髪と、双眸。真っ直ぐに伸びた背筋。
使われて、培われた筋肉の浮き出る腕はいつでもだけを守ろうとしている。
視線も言葉も全てがだけの為にある。
疑いようも無く、きっと誰もが肯定するだろう事実。

それは獄寺がずっとそうでありたいと願った姿だった。
ツナのための自分が目指すべき姿。
他の何をも切り捨てて、ただツナの為に存在できればいいと、ずっと、願っていた。

「・・・・・・・」

けれど不思議な事に、獄寺は一度も“彗”のようになりたいと思ったことは無い。

「・・・人の振り見て我が振り直せ、やな」

が言う。
その顔は穏やかだった。

「反面教師や、活用しィ。あんなん誰も幸せにはならん。・・・俺も、彗も、誰一人」

顔を上げた獄寺の目に飛び込んだのは、とても優しく、そして儚く微笑むの横顔だった。








ピンポーン。
そろそろ学校へ向かおうか、と二人が玄関へ向かったその時室内に軽い音が響いた。
獄寺は表情を明るめて(どうやらツナだと思ったらしい)足早に玄関へ向かう。

はその後ろで壁に体を預け、呆れたように息を吐いた。
訪れたのが誰なのかは、分かっているというように。

獄寺の手で玄関の扉が開かれる。
朝日が日の入りが少ない部屋に侵入して煌いている。

「・・・おはようございます」

開かれた扉の向こう、立っていたのはツナではなく彗だった。

獄寺は一瞬で不機嫌になり彗を見上げるが、そこで言葉に詰まった。
彗の視線はまっすぐに獄寺の背後、に注がれている。
獄寺の存在など初めから気付いていないかのような振る舞いだった。

「お迎えに参りました」
「・・・・さよか。ご苦労さん」

小さく頭を下げる彗にし線を寄越したは、そのまま獄寺を追い越して外に出る。
踵を潰して履かれたスニーカーが、ジャッと音を立ててコンクリートの床を擦った。

「ほなな、坊」

気だるげにポケットに手を突っ込んで、皺だらけのシャツを着たは一度だけ獄寺を振り返った。
そしてすぐに視線を外して歩き始める。

呆然とする獄寺に、彗はそのとき初めて視線を向けて口を開いた。

「お世話になりました」

感謝の念など篭っていない声。
しかし獄寺が文句を口にするより先に、彗の手によって獄寺の目の前で扉は閉まった。

あまりにも当然のように目の前で繰り広げられたどこか異質な空気を纏う光景に、
獄寺は暫くの間動けずに玄関に佇んでいた。







学校までの道程を彗とは並んで歩く。
それは昨日も一昨日も同じで、きっと明日も同じだろう。

「新しい部屋は用意できたんか」

歩きながらが言うと、彗はゆっくりと頷いた。

「はい」
「どこや」
「あれです」

彗が指差したのは今出てきたマンションで、つまり、獄寺の住むマンションである。
はさすがに驚いたのか目を見開いた。



「思い切ったことしよるなァ、お前・・・・」
「ははははははは」