メランコリー・ロスト











獄寺は学校の屋上で一人、煙草に火をつけた。

本当はツナの傍を離れたくなかったがやはり煙草も吸いたいし、イライラがどうにも限界にきていたので
本当に心底不本意だが煙草を吸う間だけは山本を信用して屋上にやって来たのだ。

ツナの傍で吸えるのが一番良いが、つい最近ポツリとツナに
「煙草の煙って吸ってる本人より吸ってる人の傍にいる人の方が害があるんだって」
と呟かれ、更には「俺早死にかなあ」なんて言われて、傍では吸えなくなった。
体に良い煙を出す煙草くらい作れよちくしょう、などと獄寺は考える。
煙草を止めればいい話だという事は気付かないあたりが獄寺だった。

「火ィ、ちょーだい」
「あ?ああ」

無意識。
まさに無意識だった。
獄寺の脳は煙草に酔いしれていたので、声に反応したのは脳ではないどこか別の箇所で、
だから気がついたのはその声の主の咥えた煙草に火がついた時だった。

「ああ!?」
「なんやの五月蝿い」
見れば隣には寝惚けた顔のがすぱーと煙を吐いている。
獄寺はその煙草に火をつけたのが自分だと思うと急激に腹が立って思い切りを睨んだ。
「テメエ!!この俺に火をつけさせるなんて何様だ!!」
「あーもーギャンギャン言わんとってー、鼓膜破れるわー」
「だああああああ!!ムカつく!!その語尾が伸びる口調が特にムカつく!!」
「ハイハイ落ち着いてー深呼吸ー。ハイ、スーハーってなー」
「うるせえ!!」
「いや、せやから五月蝿いのごっきゅんやて」
「ごっきゅん言うな!!」

怒鳴り散らす獄寺を隣に、ああいい天気やなあとは煙を吐く。
全く相手にされていない事に気付かない獄寺はある意味幸せな人間だった。

「煙草ってなあ」
「ああ?!」
「吐く息に色がつくやんか」

真っ白な、冬の吐息のような。
けれどどこか曇った毒のような色。

「見えると気分エエよな。自分の中にある汚いモン吐き出せてる気にならへん?」

煙草を吸い始めて、気付いた事だった。
鎮静効果だとか依存だとか言われてもピンと来なかったが思ったこと。

「随分吸い続けとるんやろ?ジブン」
「は?・・・あ、ああ」

まるで独白のようだったの言葉に呆然としていた獄寺は
急に言葉を振られついまともに返事をしてしまった。してしまった後で、クソ、と呟く。
しかしはそれを無視して言葉を続けた。
いつものようなからかう口調でも、表情でもなく、真っ直ぐ屋上から見える景色を眺めたままどこか虚ろに。

「さよか。せやからそんな可愛いんやろなあ」
「か・・・・・!!」

完全に固まった獄寺を見ては笑う。
その笑い顔が、獄寺の目にはそれこそ可愛く映ったので、怒鳴るタイミングを失った。



ただゆらゆらと立ち昇る紫煙が空に届く前に風に吹かれ散ってゆく。